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東京地方裁判所 平成4年(ワ)6657号 判決

原告

井上江津子

ほか一名

被告

有限会社東武美術印刷所

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告井上江津子に対し金一二四三万七一五八円、原告周印財に対し金一一九三万七一五八円、及び右各金員に対する平成二年一一月二二日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決の主文第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告らは、各自、原告井上江津子に対し金三六一七万六一九一円、原告周印財に対し金三六一七万六一九一円、及び右各金員に対する平成二年一一月二二日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  訴訟費用の被告らの負担及び前項につき仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、自動二輪車を運転中に普通乗用自動車と衝突して死亡した被害者の相続人(原告ら)が、加害車両の運転者である被告小野勝美に対しては民法七〇九条に基づき、同車の運行供用者である被告有限会社東武美術印刷所に対しては自賠法三条に基づき、その損害の賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

(二) 事故の日時 平成二年一一月二二日午後〇時四〇分ころ

場所 東京都江戸川区船堀六丁目一三番先路上

(二) 加害者及び加害車両 被告小野勝美

被告有限会社東武美術印刷所(以下、被告会社という)所有の普通乗用自動車(足立五三す四八九七)

(三) 被害者及び被害車両 井上文(昭和三二年一一月一日生・本件事故当時三三歳)

自動二輪車(足立と二二六八)

(四) 事故の態様 被告小野運転の加害車両が現場道路の交差点で右折進行しようとしたところ、その後方から直進進行してきた被害者運転の被害車両が加害車両の右側面部に衝突したもの。

(五) 事故の結果 被害者は、右事故により、同日午後二時二〇分ころ、搬送先の病院で死亡した。

2  責任原因

(一) 被告小野は、加害車両の運転者として、交差点を右折するにあたり、後方から進行してくる車両に対する安全確認を怠つたために本件事故を惹起し被害者を死亡させたものであるから、民法七〇九条に基づき、これによる損害を賠償する責任がある。

(二) 被告会社は、加害車両の所有者で、同車を自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、右の損害を賠償する責任がある。

3  被害者と原告らの関係

原告井上江津子は被害者井上文の母、原告周印財は同被害者の父であり、それぞれ法定相続分に従つて、被害者の被告らに対する損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続により取得した。

三  争点

1  損害額

2  過失相殺

第三争点等に対する判断

一  損害額 認定総額金五七一八万五七九〇円

1  逸失利益 金三七一八万五七九〇円

(原告らの主張 金四五三五万二三八二円)

関係各証拠(甲一号証ないし六号証、乙四号証ないし六号証)によれば、被害者は、本件事故当時満三三歳の健康な独身男性で、両親である原告らと同居し、東京都江東区内の会社に勤務していたものであること(なお、原告井上江津子は中国残留孤児であり、夫で中国籍の原告周印財や被害者を含めた六人の子らとともに帰国して生活し、長男である被害者を一家の支えとしていた。)、また、勤務先会社からは、給与所得として、平成元年には金二七〇万九四四〇円、平成二年には死亡時(一一月二二日)までの分として金三三七万七三七六円を得ていたものであること、そして、本件事故に遭わなければ、一二月分の給与等については、概算として、基本給と各種手当は同年の他月分との対比により少なくとも金二五万円が、また賞与は少なくとも金二〇万円が支給されたはずであつたものであることがそれぞれ認められる。

そこで、被害者の逸失利益の算定にあたつては、その基礎となる年収について、右の平成二年の現実の支給額である金三三七万七三七六円に事故後確実に得られたはずと認められる一二月分の給与・賞与の見込分の合計金四五万円を加算した金三八二万七三七六円に依拠するのが相当と判断され、そこから生活費控除率を四割とし、就労可能年数を六七歳までの三四年間としてこれに対応したライプニツツ係数(一六・一九二九)を用いてその逸失利益を算出すると、金三七一八万五七九〇円となる(一円未満切捨て)。

3,827,376×(1-0.4)×16.1929=37,185,790

2  葬儀費用 金一〇〇万〇〇〇〇円

(原告らの主張のとおり)

弁論の全趣旨によつて認める。

3  死亡慰藉料 金一九〇〇万〇〇〇〇円

(原告らの主張 金二〇〇〇万円)

1に摘示した被害者の年齢・生活状況・原告らとの家族関係のほか、被害者の死亡が原告らにもたらした有形・無形の影響、さらには後記の本件事故の態様等本件に顕れた一切の事情を考慮すると、本件事故による被害者の死亡に伴う慰藉料は、金一九〇〇万円が相当と判断される。

二  過失相殺

1  被告らは、「被告小野は、現場道路を右折しようとした際、方向指示器により右折の合図をしており、被害者は、それにもかかわらずこの合図を見落したかあるいは無視したうえ、追越禁止区域であるのに加害車両を追い越すべく道路の右側部分にはみ出しかなりの高速度で進行したため、右折を開始した加害車両の右側面に後方から衝突したものであるから、本件事故に寄与した被害者の過失は極めて大であり、これを被告小野の過失と対比すると、被害者の死亡に伴う損害については、その八割ないし九割程度は過失相殺によつて減額されるべきである。」旨主張する。

2  よつて、判断するに、本件事故の状況について、関係各証拠(乙一号証、二号証及び被告小野勝美本人尋問の結果)によれば、以下の各事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一) 本件事故の現場は、別紙現場見取図(乙一号証・司法警察員作成の実況見分調書添付のもの。以下に摘示する地点は、同図面の位置である。)のとおりの歩車道が区別された片側一車線・両側二車線のアスフアルト舗装された道路であり、車道幅員は約六・七メートル、制限速度は時速三〇キロメートルで、追越しのための右側部分はみ出し通行禁止の規制がなされていること。

(二) 被告小野は、加害車両を運転して現場道路を春江町方面から中川方面に向けて時速約三〇キロメートルの速度で直進進行し、現場の交差点で松江方面に向かうために右折すべく、交差点の停止線の手前およそ二四メートル(〈1〉)で右折の合図をしたのち、減速しながらミラーで後方を見たうえハンドルを右に切つて右折を開始した(〈2〉)ところ、対向車線に車体が斜めに半分程度入ったところで、右後方から中央線を約〇・八メートル超えて進行してきた被害車両が加害車両の右側面に衝突した(〈3〉・〈×〉)こと(なお、現場道路上には、スリツプ痕・ブレーキ痕等の痕跡はない。)。

(三) 被告小野は、現場交差点に接近するにあたり、一〇〇メートル以上も直線道路を進行してきたが、その間、衝突までに、何度かミラーで後方を確認しているとはいうものの、交差点を右折しようとしていたため対向車線や交差道路への注意が主となつたこともあつて、自車に後方から接近しつつあつたはずの被害車両には全く気が付いていなかつたこと。

3  ところで、交差点を右左折しようとする場合には、その後方から進行してきて直進しようとする車両があり、その相互の速度差が次第に大きくなることもあつて、後方からの直進車両が右左折車両をその脇から追い越そうとして衝突に至る危険があるということは十分に予測されることであり、したがつて、右左折車両の運転手としては、このような後続車両の存在・接近を比較的容易に認識できるような場合には、右左折地点に至る手前の段階からミラー等で後方を注視しその安全を確認したうえで右左折を開始すべき注意義務を負うものというべきである。

そこで、本件についてみるに、右の認定した事実関係に徴すると、被告小野にあつては、右折しようとする現場交差点に接近するにあたり、そこまでに相当距離を直進進行してきたが、その間、後方から進行接近してきたはずの被害車両をミラーで容易に視認し得たはずであつたのに、ミラーを見たとはいうものの被害車両には全く気が付かなかつたというのであるから、交差点に接近し右折するにあたつて自車の後方から進行してくる被害車両に対する安全確認を怠つたことは明らかである。

他方、被害者にあつては、被害車両の走行速度は明らかでないものの、前方を走行していた車両が右折の合図をして交差点を右折しようとしているのに、その動静に留意するどころか、追越しのための右側部分はみだしが禁止された道路でありながら対向車線側に進出してこれを右側から追い越そうとしたものであつて(しかも、衝突回避のために急制動の措置をとつた形跡もない。)、本件事故の発生に寄与したその落度は大であるものというべきであり、以上の双方の過失を対比して勘案すると、本件において被告らの賠償すべき被害者側の損害については、その六割を過失相殺によつて減じるのが相当である。

三  相続関係等

1  原告らが被害者の両親であり、被害者の死亡により、それぞれその法定相続分に従つて、各二分の一の割合で被害者の被告らに対する損害賠償請求権を取得したことは当事者間に争いがない。

2  そこで、被害者の損害総額金五七一八万五七九〇円について、過失相殺によつてその六割を減じると金二二八七万四三一六円となり、これを右の相続分に従つて割り振ると、原告ら各自についてそれぞれ金一一四三万七一五八円となる。

四  弁護士費用 原告井上江津子につき 金一〇〇万〇〇〇〇円

原告周印財につき 金五〇万〇〇〇〇円

(原告らの主張 原告ら各自につき金三〇〇万〇〇〇〇円)

本件事案の内容、審理経過、認容額等の事情に鑑み、本件訴訟の追行に要した弁護士費用は、総額金一五〇万円(原告井上江津子につき金一〇〇万円、原告周印財につき金五〇万円)をもつて相当と認める。

五  各原告に対する賠償額

そこで、原告らの各相続分に右の弁護士費用分を加算すると、原告井上江津子について金一二四三万七一五八円、原告周印財について金一一九三万七一五八円となる。

第四結論

以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、被告らに対し、原告井上江津子について金一二四三万七一五八円、原告周印財について金一一九三万七一五八円、及び右各金員に対する本件事故発生の日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める限度で理由がある。

(裁判官 嶋原文雄)

別紙 〈省略〉

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